そういう時代だと思うのですが、高齢者施設のご入居者やそのご家族に認知症のお話をして欲しいという
ご要望をいただくことがしばしばあります。
専門の先生にわかりやすくしていただくのが一番良いのですが、なかなか難しく、いわば門外漢の私が
お話させていただくことになります。
一応、教科書や資料を見直して、間違わないようにするのですが、医学生に診断の話をするわけでもなければ
認知症にいいというサプリメントが売れるようなセールストークをするわけでもなく、
一般の方に、正しい知識を持っていただいて、何か変だと思ったら、医療機関へ受診していただくのが目的の
お話をするわけです。
そんなセミナーのときには、認知症と物忘れの違いを説明しています。
認知症は病気だけど、物忘れは老化とともに誰にでも起こりうる状態だと。
で、どう違うかというと、認知症はあったこと全部を、まるで、すぽっと
抜けてしまうように忘れてしまう。その一方で、物忘れは、所々が
思い出せないのだというお話をします。
たとえて言うなれば、昨日の昼ご飯なんだったけな、と思いながら、
どこでどんな風に食べたかが、もやっとは思い出せるのだけれど
正確に言えない、というのは物忘れ。
「ご飯、食べていないですよ」と、昼食というイベントがごっそり
抜けているのが認知症だと。
少し詳しく言うと、起こったことを一時的に記憶する部分に不具合が生じているが
古い記憶の部分は思い出せる時期が、認知症が進行するまではあるので、
言うなれば、昨日の昼ご飯は思い出せないが、小学校の遠足のお弁当は
覚えているという状況に似ている、と。
そういうお話をしている私ですが、先日、こんなことがありました。
病院のスタッフから連絡がありまして、
「先生、○○さんの件なんですが、かくかくしかじか…」とお話が始まりました。
うんうん、と聞きながら、ちょっと、待って、思い出せない。誰だっけ、どんな顔だっけ、と
頭はぐるぐる回転します。でも、思い出せない。
「ごめん。僕、診てたひとだっけ?」
「そうですよ。先生。先週、先生が診察された方で、かくかくしかじか…」と続きます。
まじで、いや、やっぱり思い出せない。何度か、僕の患者さん?と聞いても、そうですよ、ということでした。
一方、相談の内容は患者さんの状態で困っていて指示が欲しいというものでした。
内容は、比較的一般的なものだったので、指示をそれなりに出して、電話は終わりました。
でも、やっぱり、思い出せないんです。その人の顔も、名前も、診察したことも…。
うーん。あの人、なんていう名前だったっけ、とか、
どこの病院から紹介していただいたっけ。というのは
今までもありました。
でも、不思議と、顔と名前、病名と病歴の概略ぐらいは
頭に入っていて仕事をしている感覚はあったのです。
でも、その時は違いました。
その人のことも、名前も、顔も、診察の内容も
一切合切思い出せない。
ふと、思いました。
これって、一部が思い出せないのじゃなく、
あったこと全体が欠落している…。
まさか。四十台半ばで…。
ま、でも、他は何とかなっているし、気にせずに行こうと
思っていました。
何日かして、その職員さんに言われました。
「先生、この間の○○さん、先生じゃなかったです(^^)!」
いや、(^^)!って。
ま、よかったですけど。一瞬、ちょっと焦ったやないのー。真剣に悩んだやないのー。
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